私はこうして京大に落ちた Part13 ~エピローグ~

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センター試験は不本意な結果に終わったが、それで受験が終わったわけではない。
滑り止めに、何校か私立大学に出願をしていた。
出願校と、結果は以下のようなものであった。

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私はこうして京大に落ちた Part12

赤本

2限目。国語。

私はいつも通り古文から取りかかった。

作品は『一本菊』。
非常に読みやすく、
また、センターのパターンにもはまっている部分が多く、
自信を持って解答できた。

この2008年センター古文は、のちに塾講師になった後も
よく授業で使っていた。
センター試験のお手本のような問題であった。

古文を目標時間内の15分で終え、
漢文に取り掛かる。

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私はこうして京大に落ちた Part11

marksheet

忘れもしない。
いや、忘れることが、できない。

1月19日土曜日。

天気は曇りだった。
どんよりとした厚い曇り空をよく覚えている。
冬の朝の寒さが、文字通り肌を突き刺した。 もっと見る

私はこうして京大に落ちた Part10

winter

冬のエピソード
~一人紅白歌合戦の開催~

2008年に良く聞いた曲、
これまでたくさん聞いた大好きな曲たちを
100曲セレクション。

総時間4時間ほど、
それを年明けぴったりから差し引いた
大晦日20:00頃スタート。

0時に近づくにつれ、擦り切れるほど聞いた、あの曲この曲になっていく。

1位の「ライオン」(当時はやっていたマクロスFのOP)を迎えるころにテンションは最高潮に。
こうして私は2009年を迎えた。

遊んでいたわけではない。
その4時間は一切の休憩を取らずに問題集に取り組んだ。

年明けが近づく頃になって、
もうまともに休憩も取れないほどであった。

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私はこうして京大に落ちた Part9

止まることは許されなかった。

センター試験まで、残された期間は1か月。

京大のボーダー87%まで、いかにして辿り着くか。

私の怒涛のセンター試験対策が始まった。

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私はこうして京大に落ちた Part8

センター試験まで残り1か月強。

10月の記述模試で京大C判定、全国順位100位代と調子を上げてきた、

その裏で、2次数学偏重の受験対策に陰りが見え始めた。

その兆候は、センター模試に見える。

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私はこうして京大に落ちた Part7【偏差値70の英語学習の軌跡】

浪人となり、本格的に京大に向けた勉強を始めたのは8月からであった。
とはいえ、8月はほぼ100%の労力を数学に費やしたため、他の英語・国語・日本史の2次対策を始めたのは、9月後半からであった気がする。

私は英語が最もの得意科目であった。浪人時代の偏差値は、ほぼ70を超えていた。受験戦略においても、英語の得点への期待は大きかった。
英語で他の受験生を圧倒し、その他の教科は並みの点数を取れればよいという戦略であったため、英語学習は成績が高かろうが緩めなかった。

今回は趣向を変え、私のこれまでの英語勉強の取り組みと、京大2次英語対策の記録をまとめたい。
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私はこうして京大に落ちた Part6

夏休みの成果が問われる。

夏休みは、ほぼすべての時間を数学に費やしたといっても過言ではない。
夏休み後もしばらくは青チャートの復習に費やした。

少しだけ数学ができるという実感がわきてきた。

初見の問題が解ける。
授業がちゃんとわかる。

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私はこうして京大に落ちた Part5

2008年の夏休み。
それは、僕にとっては数学の夏

7月中旬に入ると、私はそれまでの時間を取り戻すかのように勉強に打ち込んだ。

理由は何であれ、一つ目標を決めた。京大だ。
自分でも納得できる目標ができて、モチベーションがぐっと高まった。
いよいよ火がついたのだ。

ここから受験勉強が始まったといっても過言ではない。

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私はこうして京大に落ちた Part4

浪人が始まってから7月までの間は、だらだらと過ごしていた。

前回書いた通り、予備校生活は思っていた以上に楽しく、勉強に身の入らない時期が続いた。

予備校の授業は欠かさず出席していたが、勉強という勉強はその予習復習くらい。勉強時間は予備校の授業入れて1日5,6時間というところだろう。時期も時期であったし、まだ先は長いだろうと油断している部分もあった。

そんな実態とは裏腹に、成績は依然好調を維持できていた。
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