センター後から私大・国立二次入試の間にやるべきでないこと・やるべきこと

えのしまから

■やるべきではないこと

1.過度な自己採点

(自己採点を何度やっても点数は変わらない。私大の受験だと、解答速報を出している塾ごとに自己採点し、こっちの塾で合ったら合格、こっちだったら不合格、みたいにな議論をする受験生がいるが、どこがあっているかなどわからないし、だいたい合格は相対的な点数で決まるのだから、君自身の点数を正確に算出することに大きな意味はない)

2.2ちゃんやTwitterで周りの受験生の情報を集めまくること

(他人は他人、自分は自分。周りの人ができていることを見れば落ち込むだけだし、周りよりよくても、合格とは関係がない。やはり無駄。そして、他人の不幸をみて安堵するいやしい人間にはなるな)

3.合格できないかも、と出願校の選択に不安になって勉強を投げ出すこと

(センター直後に決めた志望校に対しては悩まない。悩んだところで出願校は変わらない。やるしかないなら、やるしかないのだ)

■やるべきこと

1.勉強

(最後まで諦めないことが肝心)

ここまで努力をしてきたあなたに センター試験を前にして

最後の最後まで精神論を。

「無駄な努力」という言葉があるように、努力が必ず実を結ぶとは限らない。受験記にも書いたように、私は浪人受験の末、センター試験のマークミスにより第一志望合格を逃した。人並みか、それ以上に努力して受験勉強してきた自負はあった。にも関わらずだ。

振り返れば、どれだけ頑張っても結果がついてこなかった経験はいくらでもある。中学高校時代の部活、高校時代の片思い、大学のサークル活動での夢。その当時はそれなりに頑張ったつもりであったが、どうしても結果はついてこなかった。

敗北の度に、「俺なにしているんだろう」、という無力感に苛まれた。人生には無数の勝負がある。いくら努力しても勝てないのであれば、何を苦しんでまで戦う必要があるのだろう。苦しいなかで、目標に向かって行くことの虚しさを感じたこともあった。

でも、本当はやっぱり勝ちたかった。

辛いのはわかっていたが、逃げることができなかった。たまらなく勝ちたいのだ。だから、負けじと勝負を挑んだ。

かなりの数を負けてきたが、実は、負けよりかははるかに少ないが、たまに勝てた。2割くらいの確率で勝てた。勝った時の底知れぬ喜びが、私をまた勝負に向かわせた。

勝負の中でわかったことがある。
自分よりも高いレベルの戦いに勝つためにはどうすればよいのか。それは結局、

 努力すること

それにほかならないのである。勝負に対して、真摯に向かっていく。まっとうな努力をしていく。それしか手段はないと思っている。

どんな時だって頑張るしかできないのだ。受験だけじゃなく、人生の中で勝負はいくらでもある。それに対して、取れる行動は2つに1つ。やるか、やらぬか、である。

やらないことは、負けだ。勝てる可能性は0に等しい。負けたくなのであれば、やるしかない。やるしかないのである。

いま、センター試験を目の前にして、恐怖を感じるかもしれない。センター試験が終わった後、厳しい現実に直面するかもしれない。これ以上がんばっても仕方ないと思っているかもしれない。

でも、君がもし、それでも勝ちたいのであれば、やるしかないのだ。どんな境地であろうと、やるしかないのだ。とにかく前に進んでいく。努力する。いつなんどきだって、勝負に勝つには、やるしかないんだ。

負けるが勝ち、とか、いまは休みの時とか、そういう発想は高等戦術だ。勝負を見極め、そこが抜きどきだと判断した時にできる技だ。レベルが高い。
不安だ、とか、やっても無駄じゃないか、みたいな思考のときの停止は、ただの逃げだ。勝率を下げているだけだ。

勝ちたいのなら進もう。努力を重ねていく。どんなに負けたって、いつか勝てる。

努力をしたらからといって、必ず勝てるわけではない。
しかし、勝った奴は、すべからく努力している。
これが、真理である。

2014年度の受験生に贈る。必ずや勝ちを得られることを心より祈る。

後悔をする、ということの意味

後楽園
2014/12 後楽園

後悔、という感情は、文字通り、あとから以前の行為を悔いる感情である。

個人的な経験としては、以前の行為時点で、全く頭になかったことを悔いることはない。全く頭になかったことは、そのあとの時点でも頭にはない。なんか出来なかったけど、相手が悪かったな、ということで諦めることができる。

後悔とは、それをやろうと、頭には一度浮かんだにも関わらず、やらなかったときだ。面倒で先延ばしにしたとか、そもそもやる時間がとれなかった、理由はあるだろう。一度はやるべきだ、と思っていたものの、何かしらの判断でやらなかった、その判断ミスに、私たちは悔いるのだ。

しかし、後悔があるからと言って、本当に行動が誤っていたとはいえない。

限られた時間の中で取捨選択は必須であり、異なった判断をしていれば、片方の選択は出来なかったことになる。二者択一、どちらをとれば、どちらかを捨てる。

これを乗り越えるには、後悔をしないためには、判断力を高め、間違えた選択をしない。あるいは、二者の両者を取る。つまり、全てやるしかない。

実際には、どちらとも難しい。判断力を向上は、先読みの技術であり、もちろん身につけたい技術だが、それは容易ではない。両方やる、でいく場合には、潤沢な時間と体力が必要。そもそも前提が異なる。

だから、限られた時間の中での二者択一は、後悔となる可能性はそこそこある。後悔をするな、とは言うが易しで、それはかなり難しいのである。

ただし、後悔の中で、回避可能なものがある。それは「やる」「やらない」の2択を迫られて、やらない、をとり失敗した場合の後悔である。「やらない」結果、他の行動をするならばよい。ただ、それをやらず、戦略的でない休息を取る、行動しない。それが怠けであると判断される場合。怠惰な行動を取った場合だ。

怠惰は、真面目な人間にとって最もの後悔だ。結果がでない原因は、怠惰である、となったらどうだ。情けないぜ。あとからやっておけば、となるのは、悔やんでも悔やみきれない。

だから、やろう。行動をしよう。センター試験まであと2週間だ。ネットサーフィンしている場合じゃないぜ。行動を天秤にかけろ。本当にやらないことに価値はあるのか、自分に問いかけるのだ。

結局、何が言いたいかというと、

 じゃあいつやるの?今でしょ!

である。

あけました!

seto
2014/12 しまなみ海道

あけましておめでとうございます。

2015年だ。今年は行動、とにかくチャレンジングに、恐れず突っ込んでいくことを大切にしていきたい。動いて動いて、自分を動かしていく。動いていくなかで変わる自分を楽しむ。そんな、成長あふれる1年にしていくぞ。

今年もよろしくお願いいたします。