最後の最後まで手を抜く事なかれ/2014年ありがとうございました。

naoshuma
2014/12 直島

2014年はどのような年だったでしょうか。

今年の目標は100の新たな経験をすることであった。さっき手帳を振り返ってみたけど、100とは言わないまでも、様々な経験ができた年だったと思う。社会人として、まともに仕事が始まっていく反面、休日は休日であまり暇することなく、刺激的な経験を多くすることができた。

仕事は仕事で大切なことで、しっかり向き合っていきたい。ただそれだけが人生ではなく、万が一職を失ったとしても私の人生は続いていくのである。仕事しか生きる意味が見出せないとないというのは、少しさみしい。

視野狭窄にならず、自分の行く末をひろげていく。ただ、それは漫然と生きていては難しいから、それができる余裕を作り出す努力をしていく。自分の在りたい姿に向かって、来年も頑張っていこう。

今年も有難うございまいした。

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受験生にとっては、終盤も終盤、クライマックスを迎える時期である。
私の受験時代の年越しは受験期にも書いた通り、勉強に没入するという精神修行スタイルであった。ああやって身を削りながら勉強に没入した経験も今では良い思い出。

大学受験なんて部活動以上に結果主義で、プロセスがどんなによくたって、結果さえでなければ、志望校にさえ受からなければ、いくら努力したって無駄になってしまう。なんてことを受験生だった当時は思っていた。結局、私は志望校に落ちてしまって、浪人含め1年以上の受験勉強の結果は望んでいたものではなかった。

ほとんど同じ時間を生きた同世代同士の戦いの中で何が差がついてしまうのだろう。地頭の違い、は意外と大した要因ではないと思っている。生まれ持った素質のみで勝負が着く世界ではないのだ。

受験は、受験期その時点一点の勝負ではない。それまでの生き方であり、人生であり、約18年間の中で培ったものの差であるのだ。勉強や目標に対する姿勢であったり、勉強の仕方であったり、長時間の勉強を継続する集中力や精神力であったり。それは、そのひとのひととなりに依存するのだ。

そう思っているので、私が受験失敗により受けた敗北感は、かなりのものであった。自分の生き方を否定されたようなものだ。自分の人生はなんだったのか。そんな思いだった。大きな後悔があった。

ただ、それでも、あの1年を、私は全力で生きていたのは確かである。特に、9月から年越しくらいまでの一心不乱で勉強に打ち込んだ経験は、今の自分への励みになり、自信になっている。あそこまで頑張れたから、今も出来る、という自信。

先に言ったように、受験はそれまでの生き方の総決算という一面はある。そして、受験後の人生でも、勝負のときは、その時には受験を含めたその人生の総決算で戦うこととなる。その意味で、受験の努力は、結果だけではなく、そのプロセスが大きな意味を持つこととなる。

君が今頑張れること、受験に全身全霊を傾けることは、目先の受験結果のみならず、のちの行き方、勝負に影響を与える。頑張れるということは、簡単のようで、誰にもできることではない。それはとても大変なことだ。それを成し遂げることは大きな意味を持つ。

もちろんいまの努力が、目の前の受験結果に大きな影響を与えることは明白だ。直前期がとても大切であり、ここでの努力が大きく結果を左右する。

身を粉にして、全力で勝負してほしい。
大学生活と、今後のながーい人生の勝利を勝ち得るために、だ。

2015年、君に幸あれ!
良いお年を。

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