大学受験を終えた君へ

3月も末になり、ほとんどの受験生は大学受験を終えたであろう。

まずは、受験、およびこの高校生活の3年間、お疲れ様でした。

 

望む結果を得られた人も、得られなかった人もいるだろう。

失敗をして浪人を決めた人も、第1志望は逃したが、他の志望校への進学を決めた人もいるだろう。

 

どんな受験生も、4月からは新しいステージになるだろう。

今回は、新しい環境に進む方へのメッセージを記載したい。

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受験には友人も恋人もいらないけど、高校生活は2度と来ない

「受験に恋愛は無駄。1日は24時間しかありません」 息子3人東大理IIIに入れた「佐藤ママ」の「正論」が話題

僕は大学受験に失敗して浪人した。でも、自分の高校時代には悔いはない。

現役のときは部活動に集中し、学校行事とかにも全力を尽くし、彼女と付き合って別れたり友人と学食で日が暮れるまで夢中になって趣味のアニメの話をしたり。

結論として、まぁそれは当然のごとく受験は失敗した。1校も受からなかった。

幸い家庭に余裕があったから浪人させてもらった。浪人時代は夏前くらいは結構遊んでいたけれど、夏頃からは一呼吸もせず1日14時間くらいの勉強時間を確保した。

結局、第一志望は落ちてしまったものの、第二志望の早稲田には入れた。

 

 

今振り返ると、

ああ、もっと勉強して、第一志望に入っていれば…

という後悔もあるはあるけれど、そこそこ早稲田の生活も楽しかったし、何より高校時代もそこそこ高校生らしい生活を送れた。

今でも高校の友人とは会うことが多く、一生の付き合いを手に入れることができたのはよかった。

自分の過ごした時間には、とても満足していて、自分の選択に納得している。

 

高校時代は2度来ない。有限な時間だ。

そして、多感な10代の時間は、それ以降にはない大切な時間だと思う。

いまだけでなく、将来的にも「納得のいく」時間を過ごすには、どうしたらよいだろうか。

 

 

「後悔しない、全力の時間」を積み重ねよう

 

将来的にみて、今の自分の行動が納得できるかどうか、なんてものはあとになってみなければわからない

どうすればよいだろう。

短期的なスパンで「いま、納得できるか」を指標にしよう。

 

 例)あー勉強に飽きたな、、、Twitterでもみるか→1時間が経った。

こういうのはそのときに猛烈に後悔する。こういう時間は減らしたい。

 

 

逆に心の底から充実できると思える時間は大切にしたい。

例えば、私のとっては高校3年生の9月、最後の体育祭の準備だ。

それまで部活一筋。学校行事なんてろくに携わったことがなかった。

3年になってはじめて話す同級生、一体になって恒例の巨大マスコット作成やダンスの練習、応援の作成、騎馬戦の戦術づくり等々にのめり込んだ。

最終的に2位に終わって、チームで号泣したなぁ、なんてのはとてもいい思い出で、他にはない体験だ。

受験だ、といって、中途半端にやらなくてよかったと思う。

 

浪人してからは、友達づきあいよりも、志望校に合格することが大切だった。

だからとことん時間をつぎ込んで集中した。

とはいえ結構心が弱い方で、すぐ携帯とかみてしまうから、受験前5ヶ月位の期間は、携帯をOFFにし、押し入れの奥に仕舞い込んだ。100%受験に集中した。

 

 

二者択一ではなく、大切なものはすべて手に入れよう

 

受験勉強か、高校生活か、なんて2者択一は、酷だ。あとから、捨てたほうを後悔するかもしれない。

 

だから、両方とろう

両方100%大切にするために、本当に大切でない時間は、切り落とす。

後悔するような時間は、大胆に切り落とす。

 

もう2度と訪れない高校生活を、あとから納得できる時間にしよう。

 

本当に「学歴はなくてもいい」のか?社会に出てから思う学歴の意味

 

 

 

【!?】平成生まれの6割「学歴はなくてもいい」 昭和生まれ「学歴は必要」 なぜなのか?

http://lifehack2ch.livedoor.biz/archives/51684314.html

僕の大学受験が終わってからはや9年経ってしまった。大学を出てから5年が経った。

その立場から「結局学歴社会ってどうなの?」についての私見を述べる。

 
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変わるべきは教育者

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/?of=2

ちきりんさんのブログ、少し前のものだけど、刺さった。

「で、あなたが大学で学んだことで、今、いちばん役立っていることは何ですか?」って聞くと、

返ってくるのは、「それって授業料の対価として得られたものじゃないですよね?」みたいな答えが多い。

私も情けない限りだけど、こうストレートに聞かれてしまうと窮してしまう。果たして、私が喉から手が出るほど欲した大学進学は、自分の人生に何を残したのだろう。

もちろん何もしていないわけではないし、大学にいったからこそ、得られたと思うことはいくらでもある。経験に対して、費用対効果の尺度のみで図ることは難しい。個人的な経験を相対的に語ることは、競争主義の狭い見方だ。意味があることが全てだとは、思っていない。

ただ、多様な選択のなかで、大学進学のみが最適解という見方は、疑うべきである。情報化社会の中で、多様な人や知に出会うことが容易となっている時代なのだ。大学ばかりが正義であり、そうでない人は落ちぶれてしまう、そういうような風潮は、だんだんと是ではなくなっていると思う。

そうなってくると、何が正解なんだろうと、【自分なりの最適解】を求めることが要求される。このあたりは藤原和博氏がいっているような正解主義を是としない社会となってくる。

変わらねばならない、というと、子どもたちのあり方が変わらなくてはならないから、子どもたちだけが大変だね、となってしまうのは間違いであって、より努力すべきは、教え導く側の教師であり、教育者である。

教育者は自分の改めて、立場を考えなければならない。子どもたちに、そういう時代だから、考えて生きなさいと、頭ごなしに言い放つ、という投げやりな存在であってはならない。教育者として、どのように子どもたちを導いていくのか。子どもたちの道筋に最適解がないように、これにも最適解はない。だから考え無くてはならない。

教育者としては、非常にやりがいのある面白い事態だと思う。産業も巻き込んで、みなで教育問題を考えていけば良い。私も、その一助となる存在でありたいと心から思っている。

教育変革の時代である。

センター後から私大・国立二次入試の間にやるべきでないこと・やるべきこと

えのしまから

■やるべきではないこと

1.過度な自己採点

(自己採点を何度やっても点数は変わらない。私大の受験だと、解答速報を出している塾ごとに自己採点し、こっちの塾で合ったら合格、こっちだったら不合格、みたいにな議論をする受験生がいるが、どこがあっているかなどわからないし、だいたい合格は相対的な点数で決まるのだから、君自身の点数を正確に算出することに大きな意味はない)

2.2ちゃんやTwitterで周りの受験生の情報を集めまくること

(他人は他人、自分は自分。周りの人ができていることを見れば落ち込むだけだし、周りよりよくても、合格とは関係がない。やはり無駄。そして、他人の不幸をみて安堵するいやしい人間にはなるな)

3.合格できないかも、と出願校の選択に不安になって勉強を投げ出すこと

(センター直後に決めた志望校に対しては悩まない。悩んだところで出願校は変わらない。やるしかないなら、やるしかないのだ)

■やるべきこと

1.勉強

(最後まで諦めないことが肝心)

精神論だけで受験は乗り切れるのか/クリスマスくらい楽しめ

       20131220 六本木                                    

受験体験記を書き終えました。かなり粗く読みづらい文章となってしまいました。時間を見つけて修正していきたいと思います。

このブログを作った当初、コンセプトとしては「スマートに志望校に合格するTipsを伝える」というものでした。にもかかわらず、受験記は通して「辛くても最後までやり切ろう!」というような精神論的なメッセージが多くなってしまいました。

私も記事を書きながら自身の受験勉強を振り返ると、どうしても辛い時間の方が長く思い出されました。その後、大学の定期試験対策、資格取得と、受験とは別ジャンルの勉強を行ってきましたが、精神的にラクでスマートに乗り切る、ということは稀でした。

点数を相対的に稼がなくてはならない試験の勉強において、楽しさだけで乗り切るのは困難なことでしょう。もちろん、学ぶ内容に対する興味・好奇心は0ではありません。しかし、ある一定のところまでいくと、試験勉強という枠組みの中の「作業」は地味でつまらない時間が来ると感じます。結局は、そのつらさを乗り越えなければ結果は得られないということになってしまいます。

それでも、です。それでも、その単純な地味なプロセスの中に、小さな成長や発見があった時に、それは大きなモチベーションになります。結果がよければそれはうれしい。しかし、人間どうなるかもわからない結果の先の喜びだけで頑張れるものではありません。過程の中に生まれる、小さな喜びにもっとフォーカスしたい。日々の試みを楽しめるようでありたい。

私は、そうした小さいけど結果にまでたどり着く原動力になるような、ちょっとした試みを得るヒント・Tipsを与えていきたい。志望校合格という結果に辿り着くまでの過程をより豊かに。

そして、目指すは結果に向かっていく行動すべてにあてはまる、普遍的な行動原則を見つけ出してほしい。私は受験だけをゴールにしたくはありません。人生における、すべての目的達成行動に貢献できる、一生モノのスキルを、受験を通じて学んでほしい。大学生活、サークル活動、就職活動、仕事。そうした人生の役割すべてに役立つスキルが、受験勉強で形成されうると思う。

そうした記事を私は書いていきます。

明日はクリスマスイブですね。浪人時代は新宿の予備校に通っており、通学路が新宿南口サザンテラスを通ることになっていました。イルミネーションで有名なスポットです。私はクリスマス近くイルミネーション灯る12月頃、サザンテラスを避け通学していました。彼女もいない浪人生にクリスマスを楽しむ余地はありませんでした。ひたすらにイルミネーションを避けました。

私は非リアの中の非リアな高校生だったのでこのザマでしたが、クリスマスくらいは楽しんでもいいんじゃないかと、振り返れば思います。ファミチキ片手に赤本開くのもきっと楽しいクリスマスです。ここから受験終了まで、本当に一息一瞬で終わります。最後の休息となるのでしょうか。勘を鈍らせない程度に、1年に1回のクリスマスを楽しんでください。

それでは!

受験生よ、楽をしろ!

お久です。社畜です。

会社に入って3か月というところ。
運動不足と老化が悩みの今日この頃。健康状態は身体精神ともに至って健全元気です。

社会人って言ったって、実はまだ研修の身で、
日々プログラミングの講義を受けている程度。
私立の進学校並みのクソ丁寧な生活って感じです。

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さて、私も研修なんで、メインは勉強。
最近は資格試験があったりして、
それに向けて勉強をせざるを得ないみたいな状況になった。

そこで私は一つの真理を会得するに至った。

それは、「勉強は苦痛である」ということ。

いや、もっと早く気付いていました。
しかし、大学時代は、自分の好きなことしかやらなかったり、
そもそもそんなに真面目な勉強じゃなかったし、
仕事柄(塾講師のバイト)「お前ら勉強しろよ」と煽り囃し立てるのが生業でしたから、
そんな当たり前な真理を真面目に考えなかった。

今回の資格試験はもう辛くて。
SQLっていう、システムに命令するための言語なんだけど、
これが想像を絶するほどのつまらなさで。
※参考:SQL入門(http://www.1keydata.com/jp/sql/

机の前にいられなくて、逃げ出したくて、実際逃げ出して、
そんなことしてたら、試験の1週間前くらいになっていて。

なにが無理って「生理的に無理」。
論理や理性じゃない。
嫌なものはイヤ!!!

そんなとき久しぶりに脳汁絞って考え始めたのは次のことでした。

「どうやったら楽に合格できるのだろう」

苦痛から逃げたい一心で、とにかく知恵を絞りました。
受験がオンラインであり、すでに受験を終えた会社の同期がいたため、情報を募り、
最低限の勉強箇所に絞ったり、わかるところとわからないところきっちり分けて、
苦手なところだけを地道につぶしたり、

まぁ当たり前のよく言われる勉強方法なんだけど、最短距離を考えたところ結局そうなった。

で、結果として試験は合格することができました。

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私が苦痛に喘ぎながら、やはり受験勉強って大変だな、って改めて思いました。

受験科目が最低3科目あったとして、
数学が好きだとか英語はまぁ楽だしとか1科目くらいならなんとかなっても、
すべての勉強が大好きです!っていう人はほんとにごく少数であろう。
5教科7科目に広げれば皆無に近いと思う。

だから好きで勉強やってますなんて奴はほとんどいなくて、
苦痛を覚えながら、
好きなことを我慢しながら、
毎日胃を痛めながら少しずつやせ細っていきながら(私です)、
少なからず苦しさを感じているはずなんだなと心から思いました。

そんな中で、その科目の中でどれだけ好奇心を持てるかとか
(おそらく完全に好奇心だけで受験勉強を乗りるのは不可能)、
どれだけ苦痛を「我慢」できるかとか、そういうので結果は変わってくるのだろう。

そう、受験勉強は「我慢」してやるものなのだ。

塾や学校の先生は「勉強とは面白いものだ!」とかいう自論を
おしてつけてくるが、無理があろう。
いや部分的に賛成するが、
受験勉強すべてが楽しいものだという論理は
首を傾げてしまう。

まず常人にとっては「受験勉強=苦痛」を当たり前のことだと胸におくといい。
みんな勉強は嫌なのである。

そして私から、受験生にアドバイスしたいのは、次のことだ。

如何に楽して(サボって)合格するかを真剣に考えなさい。

苦しさに「忍耐!」とか「努力こそすべて!」とか言って真っ向から取り組んではいけない
(苦痛こそ快楽みたいな高校球児型ドMには用はない)。
塾や学校の先生は、「死ぬ気で勉強したこそが偏差値だ!」とか
分けわからない精神論をぶつけてくるが聞く耳を持ってはいけない。古い。

ちょっとでも楽に勉強できる道があればそちらを迷わず選びなさい。
モットーは「無駄なく、楽しく、継続できる」だ。
暗記の方法にしろ、勉強のスケジューリングにしろ、
「無駄なく、楽しく、継続できる」方法がある。
効率を意識しろ。1時間で最大MAXのパフォーマンスを保て。
人が10かかってやることを1で済ませ。

如何に楽をするかを常に真剣に考える。
このクソ暑い中汗水たらして必死に勉強している同級生を
鼻で笑いながら偏差値70を取る。
クールに合格しなさい。

その中で目的を見失ってはならない。
楽を極めて大東亜帝国クラスのFランであれば私は軽蔑する。
早慶宮廷以上で、このクールさがかっこよく見える。
MARCH以下であればただの怠惰だ。

クールに合格を勝ち得ようとする未来を真剣真摯に見つめる学生を、
当ブログは応援します。

大学に進学される全ての人へ

3月である。
受験も最終盤。
昨日今日で国立大学2次試験があり、また私立大学の2次、3次募集の試験があるだろう。

今回のブログは、「大学に進学する全ての方へ」と題し、大学でのどのように生きていくべきか、後悔のない大学生活を送るには、どのようにすべきか。ということを書く。

もちろん、人の人生には正解のないものであるし、よってこの記事も唯一の絶対解を示すものではない。あくまで私の見解にすぎない。

しかし、卒業まであと1ヶ月を控えた私の周りには「もっとこういう大学生活を送っておけば…」とため息交じりに後悔を口にする者が多くいる

大学生は自由だと言われる。それは決してよいことばかりではなく、下手な時間の使い方をすれば、やりがいのない4年間を送り、惨憺たる気持ちで卒業式を迎えることにもつながろう。

であるから、私の4年間の経験を踏まえ、またネットに転がっている記事を参照しつつ、「大学生活をすごす上でこころの隅にでもおいて意識しておいてほしいこと」を書こうと思う。

正直、大学いけば分かるが、ロクな奴がいない。せっかくたくさんのお金を費やし、人生で最も素敵な年頃である4年間をつかうのであるのだから、存分に充実した4年間を過ごしてほしい、その思いでいっぱいである。

◆大学とは

大学生ってそもそも何だよ。何をすべきか。
その問いの答えとして、この記事以上のものはない。

http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(立教新座中学・高等学校 校長メッセージ)

この文章は立教新座高等学校の校長のメッセージである。2年前、震災によってこの高校の卒業式は中止になってしまった。そこで、校長のメッセージがネットに公開され、話題を呼んだ。

大学に進学する理由を「「海を見る自由」を得るため」という。

大学生の期間はよくモラトリアムと呼ばれる。
モラトリアムとは「執行猶予期間」であり、これを人の人生にあてはまるのならば、「実際には成熟した身体を持っているのに、社会にはまだでず、社会に出るまでの猶予期間」ということだ。

大学時代というものは「猶予期間」である。
大学で学ぶ、大学生活を過す、とはそれ自体が目的ではない。それは社会に出るまでの過程である。社会に出るための準備をするための場所が大学である。

大学生活は自由だ。だけど、その自由を無駄にせず、しっかりと自分を見つめ、自分の人生の目的を見つけてほしい。もちろんその時々で充実することは、きっと、その後の人生にポジティブな意味をもたらす。しかし、それは受け身であってはいけない。自分なりに、自分のやりたいこと、向かっていく方向を、主体的に探していくこと、努力することが必須である。

ただただ、目先の快楽にのまれ流され、将来的な自分像を見失ってしまう、そんなことはないようにしてほしい。

また自由に生きることは案外難しい。
バイトだサークルだ試験だレポートだでなんだかんだ大学生は忙しい。
しかしそれは自分で制約を欠けているにすぎないし、「忙しい」と思うからこそ忙しい。

縦横無尽に好きなことを思いたったままにやる気概と体力を常に持っておくことが大切である。

◆勉強しろ

大学生は学生であるから勉強をするのは当たり前である。
しかし、大学生はあまり勉強に打ち込んではいない。
もちろん、勉強漬けになる必要はないが、最低限勉強はすべきだ。

私からのアドバイスとしては、「大学の授業は決してサボるな」

「こんな授業役に立たないから、さぼる」みたいな発言を腐るほど聞いた。しかし、本当にそうなのだろうか。さぼって君は一体何をするのか。「さぼる」と「授業を受ける」、それを両天秤にかけて、それでもさぼることの意味を見いだせるならそれでよい。でも、さぼってただ部室で寝ているだけ、というのであれば、もったいないことだと思う。

今は意味のないことだと思っていることも、後々役に立つことなどよくある。無意味だと思っているものでも忍耐強く学ぶと、いいことがある。大学で教えられていることは、ほとんどが大学教授の研究分野である。大学教授だって、国や大学から高い金をもらって研究しているわけだから、実は非常に社会的に意味のあるものであると考えてよい。

その道のプロフェッショナルから、何かを教えてもらえる機会など、そうない。大学で学ぶということは、考えられている以上に貴重な経験であるのだ。
だから、余計に勉強をする必要はないから、大学で受講している授業は、つまらないと思ってもさぼらず、ノートを取ってみてほしい。

また、大学時代の勉強は、何も座学に限ったことではない。
自由なのだから、いろいろなことに首を突っ込んで、学んでいってほしい。

京大卒、ライフネット生命の社長の、出口治朗という男が、大学で講義をしたことがある。
その講義の中で、学生の学びのコツとして、このようなことを言っていた。

「私の体験から言えば、人を作るには「人から学ぶ」「旅から学ぶ」「本から学ぶ」の三つがあります。できるだけ幅広い人間関係を築き、他人の考えを聞くことは大切です。世界を旅行して日本とは違う世界のあることを知る、書物を読んで歴史から学ぶこともできます。」(出典

とても納得できる。
大事なのはバランスでしょう。
「私はバイトを一生懸命して、お金をためて合コンバンバンしてます。」というのも、確かに[人から学ぶ]を十分に実践しており、ひきこもっているより素敵だ。それに加えて、読書と旅もすればもっと素敵な人となれるだろう。

◆就職活動に関して

よい企業の就職試験に合格する、ということと、納得感のある将来設計ができる、というのは、意味合いが違うと思う。

就職試験に合格することは、受験で第一志望に合格するプロセスと似ている。就職活動もテクニックだ。正しい技術を身につければどうってことはない。必要な準備期間をとって、しか
るべき準備をすればどうということはない。

最も大切なのは後者だ。自分の生きる目的を考え、それに合う進路を選べるかどうか。
高給取りになるとか、大企業に行って高いステータスを得るのもいいけど、一番いい生き方は「自分が生きがいをもてることで、食っていく」ことだと思うから、まずは自分の生きがいを持てることを、自分と向き合って考えるべきだ。

ただ、それには答えがないから、とても難しいのだ。だからこそ、先にも書いた通り、4年間かけて、自分自身の行く先についてじっくり考えてほしい。

◆恋をしよう

やはり2chから

http://2chcopipe.com/archives/51869898.html
大学時代をやり直せるなら-2chコピペ道場より

http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3680986.html
社会人の俺が考えた裁量の学生生活プランを教える-キニ速

恋人を作ろう。
人と付き合うということから学べることは測りしれない。何より楽しい。
人として生きることの幸せをかみしめてほしい。