冬のエピソード
~一人紅白歌合戦の開催~
2008年に良く聞いた曲、
これまでたくさん聞いた大好きな曲たちを
100曲セレクション。
総時間4時間ほど、
それを年明けぴったりから差し引いた
大晦日20:00頃スタート。
0時に近づくにつれ、擦り切れるほど聞いた、あの曲この曲になっていく。
1位の「ライオン」(当時はやっていたマクロスFのOP)を迎えるころにテンションは最高潮に。
こうして私は2009年を迎えた。
遊んでいたわけではない。
その4時間は一切の休憩を取らずに問題集に取り組んだ。
年明けが近づく頃になって、
もうまともに休憩も取れないほどであった。
センター試験の対策に加え、
2次試験の対策。
想像以上にやらなければいけないことはある。
12月から始めたセンター試験対策は、
目標まで、それこそ山のような課題があった。
センター対策に精神的に圧迫され、
2次対策は片手間となりそうであった。
そのため、予備校の講座を軸に、
無理やりにでも時間を確保した。
気分転換も兼ね、
京大国語・数学は河合塾の講座を受講した。
代ゼミの同講座についてはあまり良い評価を
聞いていなかったからだ。
河合塾の講義は実際良いものであったし、
いつもと違う空気での講義、
いつもと違う自主室はとても良いリフレッシュとなった。
苦しみの中、僅かながら救いもあった。
第2回駿台京大入試実戦模試
英語 :60.3
数学 :59.2
国語 :52.8
日本史 :60.5
4科目偏差値 :61.2
上出来であった。
数学があと一歩で偏差値60というところまできた。
半年はセンターでさえ30代であった。
もはや重要な武器の一つである。
判定はB判定。
言うまでもなく、これまでで最高の判定である。
A判定までは、あとわずか0.6。
ほぼA判定じゃないか。
全体の順位は、
教育学部第一志望者の中で232人中22位。
全体でも2675人中330位。
駿台模試は京大受験者の多くが受けるような模試であるから、
この時点では上位の実力であったと思う。
2次試験に関しては、合格に足りうる成績に、達したのだ。
あとはセンター試験であった。
センターさえ、しっかりと点数が取れれば。
合格標準の87%をしっかり取れれば。
0から始まった京都大学受験。
受験が終わってから5年経った今。
浪人の1年間は、どの時間を切り取っても、
思い出すのはがむしゃらに机に向かった時間だけ。
晴れの日も雨の日も風吹く日も雪の日も、
私の心にあったのは、
「名詞構文をいかに自然に訳すか」
「和歌の得点をいかに稼ぐか」
「3次関数のグラフと回転体の体積の解法のこと」
勉強のことばかりだ。
夜寝る前には、願掛けで枕元に置いておいた赤本の冒頭の
大学紹介コーナーに目をやった。
夢の京大生ライフに思いを馳せた。
大学入ったら、また野球をはじめよう。
趣味のアニメや漫画のサークルに入って中を広げるのも楽しいだろう。
彼女もできるだろうか。
バイトは塾講師をやろう。
京大生現役講師。きっと私なら人気講師になれるだろう。
本当に行きたかった。
本当に京大に行きたかった。
すべての想いをこぶしに込め、
私はペンを動かし続けた。
俺は、京大に行く。絶対にだ。
そして、センター試験当日を迎えた。
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